来て呉れる心安《こころやす》い、明けっぱなしで居られる友達の有難味《ありがたみ》を、離《はな》れるとしみじみと感《かん》じる。
 彼の人が来れば仕事の有る時は、一人|放《ほう》って置いて仕事をし、暇な時は寄っかかりっこをしながら他愛《たあい》もない事を云って一日位座り込《こ》んで居る。
 あきれば、
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「又来ます、気が向いたら。
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と云って一人でさっさと帰って行く。
 私は、私より二寸位背の高い彼の人が、私の貸《か》した本を腕《うで》一杯に抱えて、はじけそうな、銀杏返《いちょうがえ》しを見せて振り向きもしないで、町風《まちふう》に内輪《うちわ》ながら早足《はやあし》に歩いて行く後姿なんかを思いながらフイと番地を聞いて置かなかった、自分の「うかつ」さをもう取り返しのつかない事でもした様に大業に思った。
 裏通りの彼の人の叔父の家へ行けばすぐわかる事だけれ共、人をやるほどの事でもなしと思って、「おととい」出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。
 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。
 女中に、
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 私の処へ手紙が来てないかい。
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ときく。書生にも同じ事を聞く。
 十二時すぎに、待ち兼ねて居たものが来た。
 葉書の走り書きで、今日の午後に来ると云ってよこしたんで急に書斎でも飾って見る気になる。
 机の引出しから私だけの「つやぶきん」を出して本棚や机をふいて、食堂から花を持って来たり、鼠に食われる恐ろしさに仕舞って置く人形や「とんだりはねたり」を並べたりする。
 妙にそわそわして胸がどきどきする。
 母に笑われる。でも仕方がない。
 花を折りに庭へ出て書斎の前の、低い小さな「□□[#「□□」に「(二字分空白)」の注記]石」から足を踏みはずしてころぶ。
 下らない事をしたものだと思うけれ共、急《せ》いたり、あんまり喜んだりするときっとこんな事を仕出来すのが私の癖だ。
 足が痛い痛いと云いながら私が家中□[#「□」に「(一字分空白)」の注記]走して居るのを皆が笑って誰も取り合わない。
 すっかり飾って仕舞うと三時近い。
 顔が熱くなって唇がブルブルして居る。
 S子の顔を見るまでは落つけないのだから――
 今ベルがなるか今ベルがなるかと聞耳
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