二に告げた。
「――あの婆さま――死ぬんじゃあんめえか」
「そんなか?」
「なんだか――俺やあな気がしたわ」
仙二が行って見た。翌朝、彼はぶっきら棒にいしに命じた。
「飯炊くとき、おねばりとってやんな」
その次の日又重湯を運んでやり、歩けるようになる迄、粥をやるのがいしの任務であった。仙二は、苦笑しながら半分冗談、半分本気で云った。
「あげえ業の深けえ婆、世話でも仕ずに死なしたら、忘れっこねえ、きっと化けて出よるぜ」
沢や婆は、幸死なずに治れた。が、すっかり衰えた。憎たらしい、横柄な口も利かなくなった。いずれにせよ、仙二はこの経験で、彼女を隣人として持つことは、どのような手数、心の重荷――厄介かということを知ったのであった。
青年団の寄合で、村会議員の清助に会った時、彼はざっくばらんに自分の意見を話した。
「どんなもんだべ、俺、まだ足腰の立つうち柳田村さやるのがいいと思うが、あっちにゃ何でも姪とかが一戸構えてる話でねえか。――万一の時、俺一人で世話はやき切れねえからなあ」
「そうともよ、皆さ計って見べ」
清助は、大力な、髭むじゃな、字の読めない正直な金持の百姓であった。彼は仙二の立場をよく理解した。
三
村役場と村役場、村役場と姪の一家族。交渉はなかなか手間どった。永年住んでいたものだから、毎月敷生村から救済費として米を六升ずつ送る条件で、愈々《いよいよ》沢や婆は柳田村に移されることになった。
沢や婆は、一軒ずつ暇乞いに歩いた。
「私ももうこれでおめにかかれませんよ、こう弱っちゃあね」
ごぼごぼと咳をした。
「どうも永年御世話様でございました」
彼女がもう二度と来ないということは、村人を寛大な心持にさせた。
「せきが出るな――せきの時は食べにくいもんだが、これなら他のものと違ってもつから、ほまちに食いなされ」
麦粉菓子を呉れる者があった。
「寒さに向って、体気をつけなんしょよ」
と或る者は真綿をくれた。元村長をした人の後家のところでは一晩泊って、綿入れの着物と毛糸で編んだ頭巾とを貰った。古びた信玄袋を振って、出かけてゆく姿を、仙二は嫌悪と哀みと半ばした気持で見た。
「ほ、婆さま真剣だ。何か呉れそうなところは一軒あまさずっていう形恰だ」
明後日村を出かけるという日の夕方近く、沢や婆は、畦道づたいに植村婆さまを訪ねた。竹藪を切り拓いた畑に、小さい秋茄子を見ながら、婆さんは例によってめの粗い縫物をしていた。沢や婆の丸い背を見つけると、彼女は、
「おう、婆やでないかい」
と云いながら、眼鏡をはずした。眼鏡は、鼻に当るところに真綿が巻きつけてある。五つ年下の植村婆さんは、耳の遠い沢やに、大きな声で悠《ゆっ》くり訊いた。
「いよいよ行ぐかね?」
沢や婆は、さも草臥れたように其に答えず、
「やっとせ」
と上り框に腰を下した。そして、がさがさの手の平で顔じゅう撫でた。植村婆さんは、一寸皮肉に笑いながら云った。
「婆やつき合がひろいから、暇乞いだけでも容易であんめ?」
「早く上らなくちゃならなかったんですがね、一日に二とこは歩けないもんだから」
「そうともよ」
出した茶を、婆はごくり、ごくり、喉に音をさせて飲んだ。それぎり又ぼんやり井戸前の早咲黄菊を眺めている。――
植村婆さんは可哀そうな気がして来た。
「まあお前も、姪のところで悠くり休まっせ。――他人の中よりはいいわな、何てっても血道だもんなあ」
沢や婆は、又返事をしなかった。彼女は手間をかけて信玄袋の口をあけ、中から長田の女隠居のくれた頭巾と着物を出した。
「――これを御隠居さんにいただきましたよ」
植村の婆さんは、婆の慾ばりが憎いような心持がした。人に見せ、此位にしてやる人もあるのだと思わせ沢山貰おうとする。彼女は、さりげなく、
「俺、前に見たわ、御隠居が出して来て、これ婆やにやろうと思うがどうかと相談しなすった――あれだろう?――うん、これよ」
沢や婆は、不服気に仕舞い込んだ。
「――柳田村だっけな、婆やの姪の家は――あすこまで大分有っぺえが――歩けるかい」
「仙二さんが、荷車に乗せてってくれますってよ」
……もう土間の隅では微に地虫が鳴いている。秋の日を眺めながら、荷車に乗ってゆくという沢や婆と坐っていると、植村の婆さんの心は妙に寂しくなって来た。彼女も、夫に死なれてから全くの一人身であった。村の縫物をして、やっと暮していた。彼女には、青森に甥がいた。今いる家は、町の家作持ちの好意で家賃なしであった。村にも、彼女より立派に縫物の出来る女は、数人いた。植村婆さんは、若い其等の縫いてがいやがる子供物の木綿の縫いなおしだの、野良着だのを分けて貰って生計を立てて来たのであった。沢や婆のいるうちは、彼女よりもっと年よりの一人者があった
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