動精神の文学が、歴史の現実ではプロレタリア文学の時期の後に生まれている必然を避けて過去の文学を理性的に批評し得なかったために自身の成長の道を見出せなかったと同様に、ヒューマニズムの提唱に於ても無制約な人間再生の要求の強調された心理の根底には、やはり現代ヒューマニズムが歴史的な現実把握と理念との強力な統一を予想しているという核心をおのずから避けて、「人間中心の心情」一般を肯定する安易さに陥った。
この文化上意味深い事実は、当時、文芸評論が急速にその論理性と科学性とを失いつつあったという現象によっても裏づけられた。何という奇怪なことであったろう。ヒューマニズムの文学というような豊かで範囲も広い筈の提唱が起っているのに、まさにその時、文芸評論はその理論性を失って独白《モノローグ》化し随筆化して来ていることが注目されたというのは当時の日本文学のどういう悲喜劇であったろうか。
この時期ナンセンスな流行歌と漫才とエノケン、ロッパの大流行をみたのは、人心のどんな波動を語っていたのだろう。
ヒューマニズムの歴史性そのものが内包していた方向から目をそらして無制約に人間中心の唱えられたことは、文学に
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