属性として扱われずに、技術という抽象的な游離で云われることは、かつてプロレタリア文学が世界観と形式とを切り離されたもののように示したことが誤りであったと同様に、芸術性の本質を離れた観方である。しかしながら、当時の人々が芸にとらわれてゆく心理は、小林秀雄の評論にも、横光利一の小説論にも、また川端康成が「水晶幻想」に赴いた足取りの中にも十分窺えることであった。「文章読本」の流行が始まった。
芸への愛好を伴う現実批判の衰退は随筆の流行をも招来した。内田百間の「百鬼園随筆」を筆頭として諸家の随筆が売り出されたが、これは寧ろ当時の文学の衰弱的徴候として後代は着目する性質のものなのである。
三
以上のような諸現象が、一部の作家の間に文学の危期としての警戒を呼び醒したのは極めて当然のことであったと思われる。
荷風の「ひかげの花」に対する余りの好評が、却ってその好評の本質への疑問を誘う機縁となったことは興味がある。「ひかげの花」に於ける永井荷風の人生への態度は、このようにして生きる一組の男女もある、と云うことの巧な描写に止っている。作品を貫いて流れているものは荷風年来の諦
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