、一方に戦場或いは戦争の文学が現れたが、そのことは直ちに当時の文学的活動の全方向がそちらに向けられたという意味にはならなかった。事変の始め一部の作家は動揺して文学の仕事を捨てるべき時ではないかというような判断の混乱を示したが、その他の大部分の作家たちは、文学本来の意味と任務とを守って、兎も角仕事をし続けてゆくという心理にあった。その意味では、火野の諸作も幾多のルポルタージュも文学の基調を一変させるものではなかった。それらのものと、従来の文学とはそれぞれのものとしてありつづけたのである。
 ところが、この年の初頭に一部の指導的な学者・文筆家が自由を失い、また作家のある者が作品発表の場面を封じられた事実は、文学の本質というよりも一層直接な形で作家・評論家の社会的動向に影響した。顧れば昭和九年「不安の文学」がいわれた時代、日本文学は歴史的な自身の底を意識したのであったが、それは何といっても文学精神の課題に於てであった。更に二年後の衝撃的な事件は、文化の危機を一般の問題として自覚させた。この時に到って作家の身辺に迫った一つの空気は前の二つの経験よりはもっとむきだしの形で生存の問題にも拘るものとして現れた。一つの息を呑んだような暗い緊張が漲ったのである。
 石川達三の小説が軍事的な意味から忌諱《きき》に触れたのもこの年の始めであった。文学のこととしてみれば、その作品は、当時の文学精神を強く支配し始めていた所謂意欲的な創作意図の一典型としてみられる性質の作品であった。「蒼氓」をもって現れたこの作者は、その小説でまだ何人も試みなかった「生きている兵隊」を描き出そうとしたのであろうが、作品の現実は、それとは逆に如何にも文壇的野望とでもいうようなものの横溢したものとなっていた。作者はその一二年来文学及び一般の文化人の間で論議されながら時代的の混迷に陥って思想的成長の出口を見失っていた知性の問題、科学性の問題、人間性の問題などを作品の意図的主題としてはっきりした計画のもとに携帯して現地へ赴いた。そこでの現実の見聞をもって作品の細部を埋め、そのことであるリアリティーを創り出しつつ、こちらから携帯して行った諸問題を背負わせるにふさわしい人物を兵の中に捉え、全く観念の側から人間を動かして、結論的にはそれらの観念上の諸問題が人間の動物的な生存力の深みに吸い込まれてしまうという過程を語っているの
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