意のときでも、ちゃんと手帳を出し、一々書きつけるのを、憎らしいと思った。
「誰の世話で来たのか、この家に」
いしが、愛素を失うまいと口を出した。
「博労の重次さんが、手前で困ってるのを見かねて、ほんの目見得につれて来てくれたんですよ。まだ一月もおりませんのです」
駐在は、いしを見向きもせず、訊問をつづけた。
「お前、さっき××寺から出て来たが、中で何をしていた?」
「まあ! ××寺へ行っていたなんて……」
「おい、何しに行っていた、ちゃんと云わないと警察につれて行って調べなきゃあならんぞ」
ろくは、哀れな顔をして泣き出した。
「御免なさい……私……」
「私がどうしたんだよ、泣いたって仕様がない、はきはきしな」
「私……」
ろくはますますしゃくり上げた。
「私……何も盗りはしません、ただあすこにいる権……権さんのところへ行っただけです」
「誰だい、権というのは」
「……権さんです」
駐在は、短い鉛筆で手帳を叩いた。
「――権さんだけじゃあ分らない」
「……ああ、じゃああの男が権さんていうのかい、こないだ蒲団を背負って行った出眼の男が」
ろくは、合点をした。いしは、吻っとした心
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