、今朝とは大違いの調子で、
「おや、笑ってるね、そんなに嬉しいとは羨しいね」
といきなり揶揄した。
「さあ、お礼を云って貰わなくちゃならない。私が口を利いて、権さんが、すっかり承知でお前を女房にしてくれるとさ。本当に今度こさ正真正銘のおかみさんだよ」
 ろくは、薄すり開いていた口のはたを、ぼんやり指で擦りながら、いしから権、権からせきを見廻した。やっと、彼女に合点が行ったらしい。ろくは、眼を小さく小さくすると何ともいえない笑顔になった。せきといしは一時に吹き出した。
「何だよ、その顔は? とろけちゃうさ、本当に。とんだ仲人役を勤めちゃった、ああああ」
「おかみさん……でもよく……まあ……」
「そりゃあ私にかかっちゃね、権さん。どうか末長く可愛がってやって下さいよ」
 権は、顔も崩さず、
「へえ」
と云った。
 彼は、自分ばかり見ては締りなく笑っているろくに向って云った。
「そうきまれば、俺あこれから毎晩来るからな、貴方と呼ぶんだよ、きっと。いいか」
「貴方だってさ、ハッハッハッ、お前じゃいけないんだってさ、ハッハッハッ」
と女房が笑いこけるのに耳もかさず、ろくは仕合わせに恍惚《うっとり》したように「はい」としおらしく答えた。



底本:「宮本百合子全集 第二巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第二巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「女性」
   1926(大正15)年1月号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年1月24日公開
2003年7月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全12ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング