らさ。へえ、これに一つ、印して下さい」
 乙女は、眉をつり上げるばかりか、痩せた両肩までをつり上げたような恰好で、ミツ子をおんぶい、お石の出す銭を握り、十銭の焼酎とあげもの五銭を買いに出た。勉は、この酌婦あがりで、近所でも評判の伯母夫婦とは何年も行き来せずに暮して来たのである。
 乙女が、一合ぐらい入りそうな空ビンをおんぶした手にもって出ようとすると、お石が、
「ちょいと、このし[#「し」に傍点]とったら! それで買いにいくつもりかい?」
 たとえ買うのは一合でも四合入るうつわ[#「うつわ」に傍点]をもって行かなければ、一合より少くしか売ってよこさない。お石の世渡りは万事この調子なのであった。
 ミツ子が、目を皿のようにしてチャブ台の前に釘づけになり、揚げものにさわるぐらい近くへ手をのばして指さし、
「あれ、くいて[#「くいて」に傍点]! かあちゃん、あれ、くいて[#「くいて」に傍点]」
とせびった。お石は、女の子がイーをするときのように下唇を突出し、
「これ、くいて! か?」
と口真似をしながら、悪《にく》しみの現れた眼でミツ子を眺め自分ひとり焼酎をのんでは、揚げものを突ついた。
 
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