た夫の顔をながめ、
「――祖父《じっ》ちゃん、ミツ子をいびってないだろうかね」
と静かに云った。乙女の声には、二重の心づかいが響いた。自分がミツ子一人ぐらいを育てかね、たださえ苦労の多い勉に家庭的な心労までかける。それを、ひけ目に感じるのであった。
今年、田舎の二十日《はつか》正月がすんだ頃、アヤが、下手な、それでいて画《かく》のはっきりした字で、祖母ちゃんはこの頃死にたがってばかりいます、死ぬかと思って私は心配ですという手紙をよこした。重たい孫をおんぶって、強情な祖父ちゃんとの間にはさまり、苦心に疲れている半白の小ぢんまりした母親のおとなしく賢い顔つきが勉の目に髣髴《ほうふつ》とした。母親に対する思いやりから、勉はミツ子をとり戻すにしろ、そのまま送るにしろ入用な金策に心を悩ました。勉がプロレタリア運動に入るきっかけとなった詩は、金にならぬ。
そこへ、種油のシミがついた今度の手紙が来た。勉がかえって物も云わず机に向い腰かけるとすぐ、乙女が勉の古紺足袋をぶくぶくにはいた足で小走りに電燈の球のない台所へ入り、湯たんぽをつくってあてがっているのは、炭を買う金さえ彼の交通費にいるからのことである。――
長いこと黙っていた後、勉は中指に赤インクのついている手で親父からの手紙を縦に引裂きながら、
「いっそ、すっかり畳んで出て来いと云ってやろう」
大してふだんと変りない調子で云った。乙女はとっさにそれをどう判断していいのか痺れたように勉を見た。そのうち彼女の二重瞼の眼は我知らずつり上った二つの眉毛の下で次第次第に大きくなり、寒さで赤らんだ鼻のさきとともに、びっくりした野兎のような表情になった。
家財をたたんで、五人でここへやって来て、そして、どうして食うのであろうか。恐怖に近いものが幅ひろく彼女を圧しつけた。そんなことを考える勉も、親父にどこか似たところがあるのではないか。そう思った。
然し、勉はそのことを今日一日、二通り三通りの活動の合間に考えつづけていたのであった。ミツ子を迎えに行く金も送る金も出来る見当はつかない。A市で、貞之助がますます食いつめるであろうことは目に見えた。東京へ出て、勇が働き、貞之助は納豆でも売り、祖母《ばっ》ちゃんはそのまめ[#「まめ」に傍点]で手ぎれいな性質で何か内職でもやれば、どうにか食っては行けるだろう。東京へ出て来て、自分らの暮しを見
前へ
次へ
全17ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング