は全然無関係な機械のように、足頸を実に軟くひらひら、ひらひらと、たゆみなく体を運んで行くのだ。
 合間合間に、小さい子供が一輪車に片脚をのせて転って行った。女の子達が、毬を持って、街路樹のかげで喋っている。子守女のぶらぶらする様子や、店頭でこごんでたたきを掃いている小僧の姿などが、一瞥のうちに、暖い私的生活の雰囲気を感じさせた。
 私は、大抵のとき、前に云った建築敷地の板囲いの前に自分を現した。山の手の住居の方から来る電車の停留場が其処にあった。
 段々速力をゆるめて赤い柱の傍に来、車掌が街角の名を呼ぶと、どんな時でも少くとも三四人の者が、俄に活々した表情を顔に表して座席を立った。私もその裡に混り前後して降るのだが、又いつもきまって、後をふりかえり自動車が来ないか注意しているひまに、偶然の連れの姿は見失ってしまう。
 私は、新聞売子が広告をはりつけた燈柱の下に立って、暫く四辺を見た。
 時によると、さっさと車道を横切って彼方側、裁縫店の大飾窓の前に行く。或る日は、降りた側で左か右に方向をきめる。それは、私が其処に現れた時候と時間とによった。私は、顔の正面から日光に照りつけられては、半丁も楽に歩けないので、時に応じて日かげの側が選ばれるのであった。
 溢れるような日光が硝子や招牌、旗などの上に漲っているのを一方に眺めながら、身は薄らつめたい、堅い、日かげの鋪道を歩いて行く心持よさは、何に例えよう。
 私は、心持がすがすがしければすがすがしい程、先をせかなかった。
 ずらりと並んだ商店の飾窓から二三尺の距離を保って、森の中でも散歩するような暢やかさで、眺め眺め進む。
 余り奇麗な布地でもあると、私は呉服屋の前に立った。
 異国風な豊麗さで細々化粧品や装身具などを飾った窓に来かかると、私は、堪能するまで其等の一つ一つを眺める。
 本屋の前に出ると、私の眼には、微に意志の光めいたものが浮んだ。表の新着書籍を見わたし終ると、私は、内へ入って行った。丁度、燕が去年巣をかけた家の軒先を、又今年もついとくぐるような親しさで。
 台から台へと廻って歩き、懐が許せば一箇の茶色紙包が、私の腕の下に抱え込まれるだろう。けれども、その楽しい収穫がいつもあるとは定っていない。三度に二度は、空手で出る。欲しい本がなかったか、私の小さい紫皮の財布に、電車の切符しか入っていなかったかの理由で。――

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