かも問題にして居なかった。
 第一彼の職業がまだ定って居ない。どれ程月給が取れるものだか、又どれ程人間二人の生活費が必要なものだかも分って居ない。私は、当分H町の、離れた二部屋を自分等の巣とする積りで居た。
 十幾年振りかで故国に帰り、それと、結婚したからこそ帰る気にもなったと云うような彼に対して、自分は、あらゆる温みをこめて、此小世界に幾月かを費すことを信じて居た。
 私の部屋として建てられた八畳と四畳ほどの部屋は、自分等二人を容れるに狭くはないだろう。私のために、出来る丈快く、出来るだけ閑静にと考えて建てられた場所は、彼にもそのプリブレージを味わせて充分潔よいものであると信じて居たのである。
 けれども、十五日も経つと、自分は、期待に反した苦痛を味わなければならないのを知り始めた。非常に工合が悪い。
 Aは、私一人に深く結びついては居ても他には父を除いて余り馴染みない周囲に対して、そう自由には振舞えない。彼の性格が、そんな呑気さを許さない。従って、どうしても、自分等の場所と定った部屋に籠って、私を傍に持ちたいのである。
 然し、長年、私を「Yちゃん、一寸!」と一声呼んだ丈で自分の傍
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