る、と。
 この主張によって、ローレンスは、こんにちのわたしたちからみると、いくらか少年ぽいむき[#「むき」に傍点]さで、性に関して医学的な言葉をつかわなかった過去の文学上の習慣、とくにイギリスの習慣に反抗を示した。ローレンスの反抗は、フランスの自然主義の初期、その先駆者ゾラなどが、近代科学の成果、その発見を文学にうけ入れるべきだとして、科学書からの抜萃をそのまま小説へはめこんだ、その試みの精神と通じるところがある。
 ローレンスは、一方でそのように勇敢であったが、それならローレンスは、一九二〇年代のヨーロッパ社会の中に営まれている自分の人生というものに対して、つよい確信をもち、闘う力をもっていたかといえば、性格的にそういう作家ではなかった。彼にはいつも不安と嫌悪があった。生きてゆくについての恐怖や不安は何だったのだろうか。世界の歴史が成長したこんにち、わたしたちは、このことのややその本質に迫って、理解する可能を与えられている。彼の生存につきまとう不安と恐怖は、とりも直さず第一次大戦前後のヨーロッパ小市民の時代的な不安であったのだった。ヨーロッパの中産階級はそのころから急速に経済能力の
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