顔だちの人で」その男の求愛をしりぞけたのは、思想のためでもその男に死なされた夫への愛のためでもなかった。「あたくし、ぜいたくに生れついているのよ。それも広瀬が金の力でゆるしてくれるような出来合いのぜいたくじゃなくって、みんなの人がこれがいいって言ってくれるような上品なぜいたくでなければ、いやなの」それが理由だった。「それに広瀬だって、泰介と同じような人間じゃないの」「条件がわるかったのよ」「日本人の何人が軍国主義者でなかったでしょう。今そうではなくなっていれば、もうそれでいいじゃないの」
 榕子の女としての考えかたに、そっくり「結婚の生態」のテーマを辿ることができる。「生きている兵隊」の血にそんだ高笑いを、彼女の思想の否定――理性排除の思想に思いおこす。この美しいひとが、「同じ言葉を同じ形で何度もくりかえせる精神というものは、それが強い精神なのよ」といっていることにも特別な関心をひかれる。
「一度の状況に対してただ一度の言葉を考えようとするなんて、それはインテリの身だしなみなんで、それは弱いものの負けおしみにしか過ぎません」下士官広瀬は、榕子によって強い精神[#「強い精神」に傍点]とさ
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