らもちつづけて来た家庭、結婚についての形式的な習慣に、新しく深いヒューマニティーの光を射こんだ作品であった。保守的な宗教家として正統的なものの考えかたをしている老牧師の娘である女主人公が、かねて愛しあっていた青年と、彼の出征の前夜、自分たちの結婚をする。若い二人は、その異常な別れの夜に、互の愛を互のうちに与えあわずにいられない熱情につき動かされたのであった。青年は戦死した。その娘は母となる。教会で結婚の儀式をあげる機会をもてずに、愛しあっていた男女が結合し、親となったということだけのために、若い母親は周囲の人たちのしつこい侮蔑と中傷とにさらされなければならなくなった。父である牧師は、自分の教会と牧師である自身の体面が全教区の前に傷つけられたということばかりを心痛している。娘に対して最も寛容でないのは、神の召使いである父親であった。
 ある日、不幸な女主人公は、小さい赤ン坊をつれて動物園へ行っていた。そこで、偶然彼女の知り合いである同じ年ごろの女性とその愛人とに出会った。友達である女は、愛人に向って、自分たちの幸福を誇るように、軽蔑をもって女主人公に結婚しないで母親になった行為を批評する
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