女靴の跡
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)谺《こだま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)数|哩《マイル》へだたった

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三七年十一月〕
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 白いところに黒い大きい字でヴェルダンと書いたステーションへ降りた。あたりは実に森閑としていて、晩い秋のおだやかな小春日和のぬくもりが四辺の沈黙と白いステーションの建物とをつつんでいる。
 ステーション前のホテルのなかも物音がなくてカーテンのかげに喪服の婦人の姿があるばかりである。
 人通りというものも殆どない。明るい廃墟の市の午後の街上を疾走するのは我々をのせた自動車ぎりであった。ソンムとヴェルダンとはヨーロッパ大戦を通じて最も激しい犠牲の多かった北部フランスの古戦場なのである。
 ヴェルダン市の市役所のあったところ、大病院のあったところ、学校。それらは今日全くの廃跡である。いくらか残っている石の土台。迫持の柱。静かな秋の日ざしのなかにそれらのものが寂しくくっきりと立っていて、ぽかんとあいている天井のない
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