持を眺めようとする努力がちっともされていないということであった。
 ある洋服屋の娘さんの書いた文章には、まだ年期の切れない弟子の一人が出征したので、その留守の間は娘さんも家業を手つだっていたところその弟子が無事帰還した。まずこれでよいと一安心する間もなく、その弟子が年期をそのまま東京へ出てしまった。そのことから深い腹立ちを感じている娘さんの気持が率直にかかれているのであったが、娘さんは、その帰還した若い弟子が今日の世間の空気に動かされて田舎の町から都会へと動揺してゆく気持にはふれてみようとしていない。いちずに不埒な男と怒っている。主人の側として年期をふみ倒してゆく若い者に好感のもてないのは当然だと思う。しかし、いい事でないと知りつつそういう風に行動してゆく若い帰還兵の気分には、時代的なものがつよくあって、そのことのなかに何か今の若い者の哀れな不安や動揺もある。主人の娘さんも若い女で、若い女として今日を生きている心にはいくつかの不安もあることだろう。自分がその若い者の主人の立場にいるということで、その娘さんには主人と雇人との利害の撥《はじ》き合う面だけが感じられて、しかも、自分にとって不
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