返事をしたが、一種の表情で
「小幡さんがいらっしゃいました」
と、取次いで来た。愛は、瞬間、ふきの表情がぴったり自分にも乗移るのを感じた。彼女は、力を入れて其を振払うようにした。
「そう、お通しして」
 出て見ると、照子は相変らず白粉けのない、さばさばした様子で、何のこだわりもなく
「今日は――いつぞやは有難うございました」
と挨拶した。愛は、楽な心持になった。
「どうなすって? あの晩、電車ぎりぎりだったでしょう」
「ええもう青でした――でも、おそいのはいくらでも馴れてるから……」
 手芸の話などが一頻り弾んだ。ところへ禎一が帰って来た。
「やあ――どうです?」
 照子は一寸愛の方を見、落付いた風で
「――相変らずですわ」
と答え乍ら微笑した。愛は、照子のその態度が、良人にも或印象を与えたのを感じた。
 いつものように二人が聴き手で、照子は、京都で三月程、ひどく窮迫した生活を仕た経験談をした。
「じゃあ折角の京都も見物どころじゃあなかったわね」
「――ところがね、私はそんな中でも遊ぶことは随分遊びましたよ、嵐山へも行ったし、奈良へも行ったし……」
 照子は、彼等を等分に眺め乍ら、我から興に乗った眼差しで語りつづけた。
「小幡には遊べないの。土曜日んなるとね私が云うのよ、貴方も疲れてるだろうから、今日は休んで寝てなさいってね。そして、私が社へ出かけて行って、主人《おやじ》に金下さいって云うの。小幡が病気で医者にかかるのに金がないから下さいって云うの。――その製粉機会社の主人《おやじ》ってのが、仲仕上りで、金なんぞ一文だって只出すという奴じゃあないんです。――厭な顔してね、何処が悪いんだって訊くの。おなかが痛いって寝てるって云うと、幾何いるんだ、十円下さい、十円なんているまいって云うから、今時医者に一遍かかったって五円とられるんですよ、貴方病人を見殺しにするんですかって云うとね、流石《さすが》のおやじ、事ムの人におい、出してやれってので貰って来るの。小幡はすきやきして遊んで待ってるわ。医者にかかるどころか、日曜は一日それで遊んで来るの。――それに友達が来るしね、仕舞いには皆が便宜を計ってくれてね、会計に居た津田なんて男――大胆な、悪賢い人でしたが、随分危険な真似するのよ、津田さんお花見に行きたいんだが金を都合して来て下さい、十五円て云うとね、うん、よしって、社の方へ沢
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