て来たというのだろうか。
 たしかに、東京はおそろしいところになっている。上海がかつて国際犯罪都市であったように、ブダペストが国際スパイ都市であるように。けれど、そういう犯罪的ファクターは、都民一人あまさず指紋をとることで絶滅することができないものであることも明瞭である。悪に誘われ――それが悪とさえわきまえず悪におちいる少年少女の、垢のついた小さい十本の指を、拇指から小指へとくっきり指紋にとって、それを何万枚警視庁にためて分類したとしても、わたしたちの日本の苦しみと悲しみはへりはしない。
 警視庁の役人は、「人権がどうのということなしにむしろ自己の権利を守るという明るい観点から協力してもらいたい、」と語っている。万一あなたの身に不慮のことがあったとき、指紋さえあれば、すぐあなたの身元がわかりますから、と云われて、うれしい世の中と思うひとがあるだろうか。水夫は、水難し、漂着したときの目じるしに、いろいろ風の変った入れずみをする。だからと云って世界周遊船の旅客に、あなたも同じ海の上、同じ船の上での旅なのだから、万一のため、と入れずみをすすめて、それはあなたの権利を守ることです、というマネー
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