感動に満されている。――当のない憧憬や、恐ろしく感傷的な愛に動かされたりする。そうかと思うと、急に熱心に生垣の隙間から隣を覗き、障子の白い紙に華やかな紅の色を照り栄えながら、奥さんらしい人が縫物をしているのを眺める。ここの隣りに、そんなうちがあるのが不思議に感ぜられる。黙ってひっそりと、静に動いたり、顔をあげたりするのが妙に驚ろかれる。暫く我を忘れた後、私は、はっと気がつき、瞬間、さてこれからどこに行こうかと、迷い頼りない心持に胸を満される。
 然し、こんなことは何でもない。やがて私が、教員室から運動場へ出る段の前に据えられたピンポン台の前に立って、意地悪いほど熱中した眼をしながら、白い小球を、かん、かん、かん、かんと打ち返し、打ち損じているのを見るだろう。
 ――思い出は多い。半開人のような自分を中心にして種々様々な場合が思い浮んで来る。書いても、書いても尽きなく感ぜられる。子供の社会生活や、大人と子供――学校では先生と生徒との間に、どんな鋭い人格的、或は人間的純・不純の直覚があるか、少し頭の問題になると、なおおしまいの見通しは利かなくなる。
 もう止めよう。
 あの古い藤棚の下では
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