になる!
 ソヴェト労働法は姙娠した労働婦人に出産前二ヵ月、出産後二ヵ月の給料全額つき休暇を与えるのだ。(知能労働婦人は前後三ヵ月、同じ条件で。)
 雑誌をかりに来てしゃべっていたエレーナが、年若い糖尿病患者の消耗性で輝やいた眼でターニャを見ながら、
 ――お産の仕度にいくら貰えるの? お前さん。
と訊いた。
 ――誰でも月給の半分まで。……でも九ヵ月牛乳代をくれるんです。
 ターニャは窓の前に立って裸の楡の木の枝々にドンドン降りつもる雪を眺めた。
 ――いいこと! 休暇になったら毎日毎日散歩しよう!
 散歩するという動詞にターニャは我知らず複数をつかった。そしてその調子の優しさが光のように室をながれた。
 彼女が、丸い体の重みで幾分踵をひくような歩きつきをしながら雪明りの室の中からそれより白い姿を消してしまうのを見送っていたエレーナが、急に背中をのばすような身ぶりをし、灰色の病衣を片手できつく自分の高い胸へかき合わせた。
 ――これが我らの時代だ!
 エレーナの心をふかく、つよく掴んで揺っているものがある。暗い燃える眼で刺すように日本女の黒い眼を見つめていたが、やがて、
 ――あなた
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