悲しいとも、がっかりしたとも、云わなかったのに、皆はびっくりしたり、失望したりした。
 誰が、言ったというのではないけれど、人々は山沢さんの死と同時に、悲歎に沈む彼を待ち望んでいた。
 何だかきっと、そうに違いないという心持がしていた。
 けれども、彼は、皆が自分にそんな気持を持っているのを知ると憤然とした。
 彼は、亡くなった旦那様以外の一人にも、自分を憐れむことは許さなかった。命令することは許さなかった。
 旦那様が、ただ一人の自分の主人であった。そして今も主人である。
 旦那様が、俺が死んだら泣けと云いなすったら、俺はいくらでも泣く。が、旦那様は、しっかり遣ってくれ、頼んだぞと云いなすったではないか。
「俺あ、泣いちゃあ済まねえ。泣くなあ、馬鹿でも知ってる、なあ旦那様……」
 彼は、そう思いながら、いつもの通り、大きな声で通夜の者の世話などをやいた。
 けれども、山沢さんに死なれてから、彼の生活は、案の定詰らない、張合いのないものになってしまった。彼は先ず、「急に眼が片一方潰れたような」物足りなさと、不自由とを感じた。
 旦那様は、彼にとって、欠くべからざる一つの眼玉であった。それが無くなってみると世の中じゅうのものが歪んだり、ひしゃげたりして見える。どっちを向いても見当がつかない。てっきりここと思うところが、皆少しずつ狂ったところにある。
 今まで楽に歩き、楽に伸していた手足が、何だか、うっかりは伸されないような心持になって来たのである。
 自分の強情が解り、頼んだぞという一言で自分を生かせもし、死なせもする人を失った恐ろしい寂寥が彼の、いい魂に沁み透った。
 山沢さんの棺と一緒に地の下へ埋まってしまった自分の未来に対して、何を希望する気もない。ただ旦那様の盛だった時分に、その恩寵を一身に受けた自分としての光栄と、誇りの追想が、これから先の生活にたえ得る矜恃を彼に与えたのである。
 けれども、もちろん彼はこんな風に、自分の心について考えるのでも、云うのでもない。
「俺の強情を、取っぷせたなあ旦那様一人だハハハハ、今時の者にゃあ、ちいっと手強《てごわ》え爺だな」
 主人を失ったブルドッグのように、彼は傲然と哄笑する。
 淋しい淋しい心持が、シンシンと胸に滲み込んで来ても、旦那様のお墓の前でなければ、彼は涙を見せない。
 俺の涙を見せてやる者あいねえという彼の心持は、彼のみが知り、旦那様のみが知っていたものであったことを、私は彼のためにいとおしく思う。
 とにかく旦那様が亡くなった四月後に女房のおまさが熱病で死んだ。娘を奉公に出し、彼はきたない小屋の中で幾年にもない、気の滅入る秋を迎えた。
 そして、その年が豊年だったのが、山沢さんの大仕合わせと、彼の大不仕合わせになったのである。

        十二

 幾年振りかの豊作だったので、山沢さんの小作米が、「ふんだん」に上った。
 平常の借りも皆返してよこしたので、何でも、三十四俵彼等の言葉で十七駄町の米屋へ預けることになった。
 もちろん、彼がその任に当ったのである。
 ところが、昔鐘になってボーンと鳴った彼は、どこまでも彼である。いい加減の年になっているのに、どうしたはずみだったのか、急に力自慢したくなって来たのだそうだ。
 若しかすると山沢さんによって誘い出されては功名していた、力の遣り場がなくなったせいかも知れない。
 真に偉いことには、けれどもおかしいことには、大きな荷車に、八俵を二度、六俵を二度、三俵を二度という、途方もない積みようをして、小一里ある町まで、一日中に運び込んでしまった。
 これにはさすがの米搗き男も、お前には、叶わないと云って舌を巻いたそうである。彼はもちろん、いい心持であった。
 若い、青しょびれた奴等に、いい見せしめだと思っていた。ところが、口惜しいことには、「年にはこの俺も叶わない。」その後以後、すっかり心臓を悪くしてしまった。
 これから先二三十年の間、ボツボツ小出しに使うはずだった力を、一どきにグンと使ってしまったので、もうへとへとになって来た。
 手足が、不自由になり、思うように歩くことも出来なくなった彼の偉大な体は、遠くなった耳とともに、ますます彼の強情を強めた。
 今こそこんなにビクラビクラしてはいてもという、反動的な、けれどもどうしてもなければならない自負が、彼の頭を一層高くさせる。
 娘が十八になって、婿を取り、自分も、町の呉服屋の下働きをしていた、少し気の疎い女を後妻にして、彼は、貧しくしかし毅然と肩を聳《そび》やかせながら暮し始めたのである。
 けれども、彼はその時分、よく行方不明になることがあった。三四日居処の分らないこともあり、ときには十日ぐらい、女房も知らないどこかで過して来る。
 いろいろ取沙汰するものがあって、どれもそれがほんとだとは思われないが、博奕《ばくち》を打ったりしていたことだけは、間違いなかろう。
 とにかく、そんなことで、幾分山沢さんの未亡人も、注意していたとき、彼は或るとき、突然告発された。
 それをきいて騒いだのは、村の者ばかりではない。山沢さんの未亡人は真赤になって憤った。
 女主人になったので、構えの中から、そんな不面目な者を出したと云われては、とうてい辛抱がならないと思ったのも、無理ではなかっただろう。
 その原因が何であったのか、私ははっきり知らない。けれども、聞くところによれば、何でも、桑苗の取引きのことから、商売仇に訴えられたものらしい。
 彼は十日ほど、暗い処に拘留されていた。「ところが、有難いことには、神様のお加護で、身が明るくなった」尋問されたとき彼は何日分かの日記を、すっかり「調べ」たのだそうである。
 彼の「日記を調べた」という意味は幾日分かの日記を、すっかり暗誦したということらしい。自分でも、気味が悪いほど、何でもはっきり思い出せる。手紙の何行目に、こう書いてあるということまで、目に見える通り心に写ったのだそうである。
 そのためだったのか、どうだか分らないが、彼は無罪で許された、そのとき、署長が、
「偉い目に会わせて、気の毒だった」と云って、非常に鄭重に扱ったということを話すと、彼の口辺には、今もそのときのままの微笑が浮ぶのである。
 かように無罪で放免はされても、山沢さんの未亡人は、もう構えの中に置くことは出来ないと云った。
 そんなことをする者を置いては、山沢の名に関わると云った。
 これを聞いた、彼は、もう心を定めた。しないと現にお上でさえ認めてくれるものを、すると云って憤る人に彼は、説明したいとは思わなかった。哀願するには、あまり彼の骨は硬い。
 彼は、おろおろする女房を励まして、荷を纏めるなり、五年以前引越して来たより、もっと簡単に、出て行ってしまった。
 そして、村端れの小さい小屋に住むことになった。
 もう畑もないしするので、下駄の歯入れや、羅宇《ラオ》のすげかえをして稼ぐほかない。先よりなお貧乏しなければならない。
 そんなことは、彼にとって何でもないことであった。が、がまんのならないことが、一つある。
 曲ったことは、爪垢ほどのことでも、自分にも人にも許さないこの俺が、「この俺が」下らない蛆虫《うじむし》共から穢らわしい者だと思われたと思うと、彼は歯が鳴るほど腹が立った。

        十三

 彼は、山沢さんのお墓の前へ跪ずいて、散々口惜し泣きをした。
 のめのめと生恥をさらしていられないほど、口惜しかった。
 昔の士は、自分の潔白のためには、命も捨てるものだったという、旦那様の言葉を思い出した彼は、即刻に或る決心をした。
 彼は、男らしく旦那様の墓の前で、腹掻っさばいて、蛆虫等に、目に物見せてくれようと思ったのである。もちろんその心持の奥には、そうしたら、旦那様も、俺を見損なった奴だとは、お思いなさるまいという、可憐な心持もあったのである。
 なぜそれがあったか分らないが、彼は自分の「守り刀」をあずけて置いた、ある士あがりの人の処へ行った。
 そして何気なく刀のことを持ち出すと、彼の顔をちらりと見たその人は、軽い調子で、あんなものを、今頃何で思い出したのだ。もうとうの昔に、一円五十銭で売ってしまったよ、と云った。
 それから急にいずまいを正して、三郎爺の顔をみつめがら、
「貴様の太い胆っ玉はどうした。山沢さんに済むまいぞ」
と、非常に温情の籠った、けれども厳とした声で云ったのだそうだ。
 そのとき、彼は、旦那様がそう云っていなさるような心持がした。そして、急に涙がこぼれ出した。
 もう死のうとは思わなくなったかわり、今まで、悄《しお》れきって来た心が、ピーンとするほどの新しい勇気が与えられた。
 彼は心から頭を下げた。その人をとおして、彼は旦那様を、拝んだのである。
 それから、御馳走になりそれとなく励まされた彼は、帰途に貰った金で、七面鳥を買って背負って来た。
 彼の肩はまた、毅然として蛆虫奴等に向って聳やかされたのである。
 七面鳥の卵を売ったり、下駄の歯入れをしたりしても、気儘な彼は、十分なだけ金が取れない。今まで要らなかった家賃、税などというものまで取られるので、暮しはだんだん難かしくなって来る。
 難かしくなろうがどうなろうが、彼は一向平気で放って置くから、なおひどくなって、婿に食扶持《くいぶち》まで貰わなければならないようになってしまった。
 それでも、彼は平気らしいが、今度は婿の方で放っては置かれない。俺の世話になるからには、口を減らすに、役にも立たない女房と別れてくれと、申込んだ。
 彼は、「ウン、そうすべ」と、言下に承知した。そして女房にも、身の振方をきめてやるという条件つきで、そのことを話すと、女房も、「それも、よかっぺえて……」と云う。
 まるで、何に比較したらいいのか分らない単純さで万事は運び女房はいきなり彼の家から、どこかの商人の家へ後妻に迎えられることになったのだそうだ。
 もちろん、いざこざの起ろうはずはない。嫁入りの日、彼は自分まで嬉しそうにニコニコしながら、念入りに女房の顔を剃ってやったり、髪結いの迎えに行ってやったりした。
 乏しい中に、新しい帯まで祝ってやった彼は、自分も仕合わせそうな顔付きで、女房を嫁入らせたのである。
 独りになった彼は、前より一層のんきになって、気が向くと朝出たぎり夜まで家をあけっ放してどこへか行って来る。飼われた七面鳥などは、餌などをちゃんと貰ったことはない。頼んだ下駄を、いつまで待っても出来《でか》さないので、さっさと取り戻して行ってしまう。
 家があるのは名ばかりで、彼はふらふらと足にまかせ、風来坊のように暮していたのである。そのとき、彼の心の中にはどんなことが起っていたのか、私には、はっきり云えない。彼もまたそう明瞭に、俺はこう思うという心持もなかったのだろう。
 そして、ようやく彼が忘られようとしていた或るとき、突然、まったく思いもかけず、村の者が抱腹絶倒するようなことが突発した。
 それは、あんなにして、自分で顔まで剃って嫁づけた女房を、彼がいきなり行って、引っ攫《さら》って来たという、いかにも彼らしいことが起ったのである。
 或る日、フイと女房の後妻になっている店先へ現れた彼は、帳場の側に坐って、何か選りわけている女房の顔を見ると、とてつもない大声で、訳の分らないことを二口三口立て続けに喋ると、やにわに手を延ばして、女房を掴んだ。
 そして、彼がどこの何者だか知らない亭主が、あっけにとられて、眼ばかり瞬きながら、茫然自失している隙に、女房の手を小脇にかいこむと、彼の能うかぎりの全速力で駈け出した。
 口も利けないようになった女房は、片方だけ草履を引かけたまま、大きな彼の体の傍にまるでお根附けのようにして、家まで引っぱられて駈けて来たのである。
 息をはあはあ弾ませながら、ブルブルする手で湯を飲む女房を眺めながら、煙草に火をつけた彼は、このことについて、一言の説明もしない。女房もまた、聞こうともしなければ、戻って行こうともしない。
 二人はまた翌日から、鳥
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