三年前
宮本百合子

−−
【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]
−−

 人と話をする度に「内のばっぱはない」と云って女房自慢をするので村の名うてのごん平じいの所に勇ましいようでおくびょうな可愛いいようでにくらしい一匹の雄※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]が居た。其の※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のかんしゃく持ちなのは村中のひょうばんものである。きのうは隣の家のひなをつついた、おとといはよその菜の葉を食いあらしておつけのみをなくなしたとあっちからもこっちからも苦情をもちこめられてごんぺいじいはいつでもはげた頭を平手で叩きながら人々に「まことにはー、相すまないわけで」と云って居た。鳥屋に売ろうとしたら「あんまりこわそうだからない」と云ってことわられたのでどうにも出来ずやっぱりもとのようにあばれさして置いた。ひまな時たいくつな時などはいつでもごん平じいの家に行って※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]をからかって遊んで居た。其の日もたいくつまぎれに池に出て岸の白スミレをさがしたが前の日にみんなつんでしまったので影も形もない。ぼんやりして空とにらめっくらして居たがごんぺいじいのにわとりを思い出してじいの家に出かけて行った。※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]はいつものように長いくびをのばしたりちぢめたりしてかたいごみの多い土面をツッツいて居る。ごんぺい夫婦は草かりにでも行ったと見えて家の中はひっそりして居る。※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の奴さんは私の来たのを一向にごぞんじなくってツンとすましてござる。息をこらして麻裏草履をつま立てて後にまわる。奴さんはまだ気がつかない。一足、又一足、敵との距離は三尺許になった。手をのばすより早く長い尾の毛を一寸引っぱろうとしたがまて、昔の武士は人の部屋に入るにさえもせきばらいしたと云うのにいくら世がかわってもあんまりずるすぎるだろうと「エヘン」と云って毛を引っぱる。敵は「コッ」とさけんで飛び上ってこっちに向って来た。いつもコッコッと云って逃げるのに今日は少し風向が狂った□[#「□」に「(一字不明)」の注記]と思った
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング