ゃがんで日本女の膝の上へ持ってたハギトリ帖と鉛筆をのせた。
 ――では、どうぞ名と職業を書いて下さい。
 彼女は、日本女が耳で演説をききながら下手な字で「日本《ヤポーニヤ》。作家《ピサーチェリニッツア》、ユリ・チュウジォ」と書くのを熱心に見ていたが、手帖をもって立ち上りぎわ、低い声に力をこめて、
 ――ありがとう!
と云った。
 あなたが今夜来られたのは満足です。
 捲き上げるような拍手とインターナショナル第一節の奏楽が起った。演説が終ったのだ。演説者の小柄な婦人党員は水さしから一杯水をのみ、鎌と槌を様式化した演壇から議長のいるテーブルへかえって行った。
 くつろぎが広間じゅうにひろがった。
 日本女はリノリューム敷の通路を隔て左側の坐席にいる四十ばかりの太い拇指をした男にきいた。
 ――彼女の演説、長うござんしたか?
 ――我々ソヴェトの人間は短く話すのが得手でないんでね。
 そう云って笑った。それから真面目につけ加えた。
 ――五ヵ年計画そのものが小さい仕事じゃないからね!
 それは本当だ。うしろでこんな囁き声がする。
 ――どうしたの! お前さんたら。
 ――帽子見に行ったもんだ
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