ている。モスクワでトラムは各クラブをまわり、彼等のリアリスティックな芸術表現で、ソヴェト勤労者が彼等の新文化建設の途上多くもっている今日の問題を批判している。
 ――何ていう脚本やるの?
 日本女の問に二人のピオニェール少女はきっぱり返事した。
 ――私達も知らないんです。
『労働者と芸術』。モスクワでそういう新聞が発行されている。職場の勤労者たちはどんな芸術を要求しているか、勤労者の国СССРにどんな新芸術をつくって行くべきか、実際的ないろんな問題をとりあつかう。いつか、表が出ていた。
        割引切符平均価格。
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(ソヴェトの勤労者はめいめいの属す職業組合を通じて各劇場の割引切符を貰う)。
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エム・オー・エス・ペー・エス劇場
 (モスクワ地方職業組合ソヴェトの劇場)九十二・五カペイキ
革命劇場                  六十八カペイキ
諷刺座                 九十六・六カペイキ
コルシュ劇場            一ルーブル十一カペイキ
オペラ              一ルーブル二十四カペイキ
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 メーデーの翌日、モスクワじゅうの劇場は全職業組合の無料観劇日だ。しかし「大体云ってソヴェトはまだ理想的なプロレタリアートの劇場を持っていると誇ることはできぬ」。労働者と芸術の記者は書いている。「劇場の建物が古く、少人数しか収容せず、従って経営費の負担=切符が一人あて高くなる。勘定して見よう、では五人家内の勤労者の家庭が一晩の観劇にいくらいるか。職業組合ソヴェト劇場へゆくとしよう。
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九十二・五カペイキ  切符代
二十カペイキ     電車賃往復
十カペイキ      プログラム
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 芝居は七時半から始って十一時すぎ終る。モスクワ人は正餐《アベード》を午後の五時すぎ、つとめ先から帰ってたべる。寝るまで、せめて茶とソーセージののっかったパン位は食べたい。故に、
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五十カペイキ     飲食費
 計 一ルーブル七十二・五カペイキ
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 五人だと八ルーブリ六十二・五カペイキ。エム・オー・エス・ペー・エス劇場がどんなによい上演目録をもってたとしてもそうちょいちょいは行けないではないか。ソヴェトには少くとも一時に五千人から一万人入れる劇場が必要だ。我々はアメリカの抜目ない興行主のやり口をソヴェト式に転用しなければならないのだ。」
 最近、五ヵ年計画の文化事業の一つとして劇場組織の大変革が声明された。СССРの全劇場を人民文化委員会の芸術部、職業組合《プロフソユーズ》、集団農場《コルホーズ》、中央部《ツェントル》の完全な共同管理の下におくこと。劇場中心を、生産労働区域に移動さすこと。
 これは、ソヴェトにおけるプロレタリア芸術の発展に向っての目覚ましい一飛躍である。

 コムソモールカのタマーラが思案にあまったようにして椅子にかけ、コムソモーレツのミーチャに訊いている。
 ――ねえミーチャ、コムソモールカは子供を生んじゃいけないんだろうか?
 ミーチャは菜ッ葉ズボンに年中縞の運動シャツを着てる若い工場労働者だ。突撃隊員《ウダールニク》だ。
 ――なアんだい! まるでルナチャルスキーがきいた通りの質問だね。コムソモールカは間違いなく子供を産んでいいんだよ! しっかりした次の交代者《スメーナ》をこしらえるに、コムソモールは子供を産まなくちゃならないんだ。
 ――私はそう思ってる。けれどフェージャの考えは違うのよ。
 ――ふーむ。どう?
 ――フェージャは今朝私に云った。赤坊だの、おしめだの、家庭だのって時代おくれの俗人趣味だ。俺はいやだ、って……
 ミーチャは手に持ってた針金の束でポンポン自分の脛をたたいた。(彼は彼等が棲んでるこの借室へラジオを引こうとしてるところである。)
 ――じゃ何かい、フェージャは……馬鹿らしい! お前達んところにはこうやってちゃんと独立した室があって、職業があって、しかも工場にあんないいヤースリ(托児所)があるのに――。安心しといで。俺が云ってやるから……フェージャは間違ってる! だがね、
 単純な困惑を現わしてミーチャは頭を掻いた。
 ――畜生、俺がフェージャぐらい言葉の数知ってたらな!
 フェージャは、書類入鞄をそこへ放ぽり出してカーチャを追っかけている。
 ――ねカーチャ、一寸僕の云うこときいてくれよ! 僕は全く君なしで生きるなんて、そんなこと考えられないんだ。
 ――お前、私の前にはタマーラに、タマーラの前にはリョーリャに同じことを云ったじゃないの。
 バンドつきカーキ色のコムソモールカの制服をつけて、カーチャは冷静だ。
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