かきわけ進んでゆく。サイは胸が一杯で、頬っぺたのあたりを鳥肌たてながら、おくれないようにその男のうしろにつづいた。
巻ゲートルの男が、合図の日の丸と帽子とをいっそくにつかんで朴訥そうな若い教員に挨拶しているわきをぬけて、サイはそこに二列に整列している三十人ほどの少年たちの一つ一つの顔をのぞいて行った。
「勇ちゃん」
皆と同じように小倉服に下駄穿きで足許のホームに小型の古い支那鞄をおいて立っている勇吉は、サイの声がきこえないのかぼんやりした視線を周囲の雑踏に向けたままでいる。サイは思わず故郷の訛をすっかり出して、
「コレ、勇ちゃんテバ!」
と弟の肩をゆすぶった。
「なーにぽけんとしてんのヨ」
目へ涙をうかべながら笑って自分をゆすぶっている桃色のレースの派手なショールをした若い女が姉のサイだとやっと判ると、勇吉は、
「おら誰かと思った」
笑いもしないでそう云って、すこし顔を赧くした。三年会わない東京ぐらしのうちにサイは二十になり、こうして勇吉は小学校を卒業して来た。いろんな気持を云いあらわしようもなくて、サイは、
「荷物こんだけ?」
ときいた。
「うん」
「田岡のばっぱちゃん丈夫か
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