うなったのか。それも、赤坊からお婆さんまでの女をひっくるめてのことなのかどうかは分らなかったが、働いている娘たちの耳の底にそんな言葉は澱《よど》んでしみこんで、何かの感じとなっているのであった。
赤紙のことがみんなの気をはなれて暫くしたとき、伍長の飛田が入って来た。一つ一つの図板をゆっくり見まわってから、窓を背にして立って、
「ちょっと、そのままの位置で手だけ止めて」
いつものような口調で命じた。顔がすっかり自分に向って揃うのを待って、飛田は軽い咳ばらいのようなことをすると、
「一つ報告しなければならないことが出来ました。実は只今――」
あらっ、というような声がしたような気がして、図板のまわりを漣《さざなみ》のような動揺が走った。それを、自分の声でおし鎮めるようにしながら飛田がつづけた。
「実は只今、光栄ある召集令をいただきました。兼々待望の好機でありますから、全力をつくして本分をつくしたいと思いますが、皆さんとは養成の時代からの浅からぬお馴染みであります。今日まで楽しく共に励んで来ましたが、これからは、飛田は前線に、皆さんは銃後に、其々本分をつくすことになった次第です。御承知の
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