。それでも頼むひとの本気の顔は、やっぱり純綿のときと変らないのであった。
勤めさきの仕事に使う紙もこの頃はやかましくなって、元のように割合簡単にすてることを許さなくなった。隅へ番号を入れた紙を原図の上へピンでとめていると、便所からかえって来たてる子が目を大きくしてよって来た。
「ちょっと、赤紙よ」
息をつめた囁き声なのに、弾かれたようにまわりの顔がいくつかこちらに向いた。
「隣りの室にも来た人があるらしいわよ」
忽ち室じゅうにその気分が伝わったが、その動揺を反撥するようなもう一つの気分もあって、みんなは格別それ以上喋りもしないで仕事をつづけた。
空をふるわせて鳴るサイレンの響の下にある町ぐるみ、ここへ通う者の一家で出来ているかと思われるような土地柄であったから、サイが来てからばかりでも、臨時の若い男や世帯もちのおっさんなど、随分たくさん出た。その度にここでも女がふえて来た。
ここの土地に住んでこそいるが、国は遠く東北や山陰の地方にあるというような娘がふえて来た。故郷では一家から二人出ているという娘もいる。この頃は、女十五人に男一人の割だとさ。東京がそうなのか、日本がならしてそ
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