部屋はほんとにボール箱みたいな糊の匂いがするのであった。
 片隅に積んである蒲団を斜《はす》かいに敷いて、サイは横になった。
 とろりとしたと思うと、部屋のすぐ外の狭苦しい空地へ、ワーッと鬨《とき》の声をあげて、うちの子供が近所の仲間と走りこんで来た。突カン! 突カン! 何だイ! 支那兵の癖して。負けなけりゃ遊んでやんないから。ワーッ。竹の棒でうち合う音がする。遠くなったり、近くなったりする夢と現の境でその声をきいていると、どの子か、駈けまわっている拍子にいやというほど二畳の窓へこけかかって、格子なしのガラスがこわれそうな音を立てた。
 サイは、夢中でその騒ぎから身を庇うように蒲団を頭まで引かぶった。
「どこの子だい! 乱暴するんなら、表の空地でやっとくれ」
 婆さんが、便所の中から怒鳴りつけている。びっくりしたので動悸がうって、サイは蒲団から苦しそうに上気《のぼ》せた顔を出した。すっかり眼がさめてしまった。眼がさめながらまだ痺れたように睡たくて、背なかが蒲団から持ち上げられないほど懈《たる》い。こういうときがサイにいちばん辛く悲しかった。働くことはかまわないのだけれど、せめて夜勤のあ
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