い者みんなが寝起きしているらしく、往来に向った窓際にもこっちの窓の下にも小さい机が三つ四つ置いてある。後はがらんとして、ガラス越しの日光が琉球表の上に斜めにさしこみ、何処やらに男くささが漂っている。吻《ほ》っとしたような安心しきれないような眼つきでサイは机のあたりや戸棚のあたりを眺めた。兵隊に出る年までには商業も出してやるという話で、勇吉は来ているのであった。
 朝飯が出来たら呼ぶからと云って迎えに来た女が降りて行ってしまうと、忙しいような静かなような四辺に折々電話のベルがきこえて来る。暫くしてサイが、がらんとしたその部屋のひろさに押されたような小声で話し始めた。
「姉ちゃん、けさ大まごつきした。なんで時間はっきり知らさなかったのよ」
「おらもはっきり分んねかったんだもの」
「――うち変りなしか?」
「うん。母ちゃんが、姉ちゃんに負けん気だして、辛《こわ》えの無理しんなって、よ。帰《けえ》りたかったらいつでもけえって来って」
 サイは、
「母ちゃん、そんなこと云ってた?」
と何気なく笑ったけれども、その言伝《ことづて》は心にしみた。お針屋に十月《とつき》いて肋膜になったときもサイは帰ら
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