以て、又胸を這い出したその小虫を見た。
 螢には故国の連想が多い。螢を見ると、すぐ黒い透谷の着物が思い出される、悲しいものである。
 そうして見ると先刻ホーッと明るんで飛んだのも矢張り此の螢だったのかしら?
 自分は微かな滑稽に**しながら、まだ這う虫をみまもった。
 暫く胸の上を這って居た彼女は、暫くするとフーッと立って天井にとまった。

 アメリカで最初に見た螢だと云うことも、私になつかしい心を起させた。
 今まで私の見たどの螢よりも大きかった、若し此が螢でなかったら、私をこわがらせずにはおかない大きさである。
 国が大きいと螢まで大きいものだろうか? 北原さんの螢の指輪や、その指輪を誰かが詩人のシンボルに作って居るというようなことが*然と、しかし無限のなつかしさをもって心に湧いて来た。



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:同上
執筆:1919(大正8)年6月
※「*」は不明字。
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成フ
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