早く! そう思っている不安のように思えた。
 巖本真理のおばあさんは明治初期の婦人英学者若松賤子である。このひとには「小公子」の名訳がある。おじいさんの巖本善治は、明治初期の進歩的女子教育家であった。おかあさんは、多分アメリカの婦人だったように思う。二十三歳の才能ゆたかなヴァイオリニストは、世界の舞台に立つことを、どんなに、真剣に、まじめに、音楽のこととして感じていることだろう。
 わたしの心にはやさしい同感がある。その同感を追っているわたしの心に、また一つの感想がわいた。それはヨーロッパ列強に分割されたポーランドで生れたショパンのことである。それから崔承喜をはじめ、朝鮮出身の歌手たち舞踊家たちのことである。日本の権力は植民地であった朝鮮の人民の間からすぐれた政治、経済面の活動家が、成長してくることを極力ふせいだ。そして、いわゆる文化面といっても朝鮮人民の言葉と思想感性のおのずから主張される文学よりも、歌や踊りへよりたやすい才能のはけくちを与えた。軍国主義時代の日本の文壇的な存在として成功するためにはよつんばいにでもなるといったと語りつたえられた張赫宙のような朝鮮の作家のだれ一人も、き
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