手づくりながら
宮本百合子
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九五〇年二月〕
−−
正月元日に巖本真理のヴァイオリン独奏の放送をきいた。そして、その力づよくて純潔な音色からつよい印象をうけた。シゲッティというヴァイオリンの名手が来朝したとき、もう地下活動をしていた小林多喜二がこっそりききに行って、ひどく感動したという話をきいたことを思い出したりした。そしたら、新聞に、巖本真理が半年ほどアメリカ、カナダの演奏旅行に出発するという記事がのっていた。
わたしの心の火に、藤田嗣治のおかっぱの顔が浮んだ。彼の出発は、何だか特別な感じだった。飛行機でとび立つその日まで、ひたかくしにかくされていて、その日にとられた写真での彼の表情は、まるで一刻も早く飛行機のエンジンがまわりだすのを待ちかねている風情だった。その顔に不安があった。彼に「アッツ島玉砕」という悽惨きわまりない絵がある。彼の年とったおかっぱの顔にある不安をながめて、彼はあの絵に追われているという感じがした。その絵が自分をつかまえないうちに、早く!
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング