ことの重点も、男の自我と女の自我との相剋に、原因をおかれた。そして、その相剋を積極的な主張的なものとして出す力も社会的習慣をも持たない女が内攻的になり、嘘をつくようになり、本心を披瀝しないものとなって、ただ男を社会経済生活に必要なものとだけ見てゆくようになる、その卑俗性がまた男に反射して摩擦を激しくする、その苦しい過程を描いたのであった。漱石が結婚しないうちの若い婦人に対して抱いていたどちらかというとロマンティックな、趣味的な気分と、結婚している女の良人に対する心理に辛辣な観察を向けている。その対照は細かくそれを眺めて行くと、明治初年に青年期を送ったこの大作家の心持に秘められているさまざまの時代的なものが実に面白く眺められるのである。漱石は、日本の社会にある結婚生活が、女を損い、そのことによって男の幸福もそこなわれていること、結婚生活の外面的な平和や円滑さに対する懐疑をつよくいいながら、それならば、と新しい生活の方向、結婚や恋愛の道をその作品の中で示し得なかったこともまた大いに注目すべき点であると思う。若い娘に対して、この作家はやっぱり従来の日本の家庭の雰囲気が生んだ内気なもの、淑やか
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