最もよく発揮される社会的な発展進歩への価値こそ現実のものである。ふわりふわりと地上から二三尺のところを漂い流れているものがあって、それを何かのはずみで指先にかけつかまえたものが、いうところの幸福な恋愛と結婚との獲得者になるのではない。
近頃唱えられているヒューマニズムの論は、性生活においても、その自由な発露と豊饒さを主張しているのであるが、現実の事情をはなれて、自由や豊饒さを語っても、結局はロマンティシズムに堕ちる。十九世紀の近代社会の勃興期におけるロマンティシズムのような、現実へ働きかける情熱としてではなく、今日の分裂的な恋愛、とくに日本においては、逞しい生活意欲という仮装面の下に、危うく過去のあり来りの男の凡俗な漁色の姿をおおいかくしている結果になる。
ヒューマニズムとは、勇気と沈着さとで我々がおかれている現実の環境とその推移の本質を見とおし、恋愛においても、偸安に便利な条件を左顧右眄《さこうべん》して探すのではなく、愛しうるひと[#「ひと」に傍点]を愛し抜こうとしてゆく人間の意志とその実践と、その過程に生まれてゆく新しい社会的価値の発見であると思う。現代の苦しい社会的矛盾の間に生きて、ゆがむまいと欲する人間の努力を全面的に支持し、発展させる熱意こそ、今日のヒューマニズムの精髄であらねばならないと思うのである。[#地付き]〔一九三七年四月〕
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「昼夜随筆」白揚社
1937(昭和12)年3月1日
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全15ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング