可能なやりかたでこの欲求を追究してゆく誠実以外に、生活の実体はどこにあるだろう。
 環境が人を作る。然しながら、環境を変え得るのは人間である。歴史的に社会生活を観る場合、ひとはよく自分の一生が時代に影響される面をとりあげるが、その自分が時代をつくりつつあるという重大な意味を見忘れるのは何故であろう。明日の歴史を書きつつあるものこそは、今日の生きてであり、その生き方の実質は、歴史の内容を変えるのである。歴史はよそを流れているのではない。今このように矛盾相剋の摩擦に苦しみつつ行われている目にも立たない努力の裡にこそ歴史は脈々として流れ進んでいる。よく学窓から社会へ出る、という表現がつかわれるが、考えて見ればこれはおかしいことだ。人間が或る環境の間に生まれたことから、既にそれは社会的な一つの事実ではないだろうか。少年の生活に社会性がないと誰が今日云うであろう。青春と、その内容と、その内容に対する青年の自覚は、歴史の五十年間を決する社会的大事実なのである。人間はこの世に一度しか生きない。その一度の生命は最も人類的に、最も謙遜なる確乎不抜さで人間的に生き貫かれなければならないのである。[#地付き]〔一九三七年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「関西学院新聞」
   1937(昭和12)年5月20日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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