やはり現在職業についている女のひとの生活と全く同じ土台に立ってたたかわれて行かなければならないという事実が、何となしその感情から失われていることを、私たちはもっとまじめに自省していいのだと思う。家庭へ入れば、そこの窓越しに外で働いている同性たちの姿を見て、あるときはいささか批評がましい眼つきをもする。何事かあって、生活のため母として働かなければならなくなったとき、そういう今日までの女の心は、外へ働きに出るという先ずそのことで悲壮に緊張し、独身で若い同僚たちへ過敏に神経もふれてゆき、いつしか悲しいまけん気もその肩つきに見えて来る。働く女の経済条件ということに対しても、家庭の婦人たちは、ひとごとめいた気分でいるのではなかろうか。自分がそれだけしかとれなくて、どうして子供を育ててゆけるだろう、ということを実感でうけとって、見ている同性が幾人あるだろう。
日本の女の健気さについて、日本の男のひとたちは、あらゆる場合それを世界に誇って来ていると思う。日本の女性の忍耐づよさが世界に冠絶していることも周知である。
母の力とその誇りについて、私たち女が全幅にそれをわが現実として肯定したく思っている
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