なおある種の人たちは、ソヴェト同盟の社会主義民主社会のもとの人民生活について現実的な理解をもとうとしないで、いろいろな妄想を歪んだ誇張でつたえております。このハガキの主はそういうような話をきいたこともあったでしょう。それが捕虜となって、ソヴェトの生活をしてみて、つい先頃まで、戦争の間は、世界で最も善良な、最も名誉ある立派な民族だと教えられていたその日本人が、ソヴェト人の生活ぶりとくらべてみて、日本人はどうして利己心が強いのだろう、と見も知らない私に嘆いて手紙をよこす、その気持はどういうことから変化をして来たのでしょう。それはやはり、その人が実際にその中で暮して見たソヴェトの社会生活そのものから、日本人の利己心について考えはじめたのであろうと思います。私はその葉書の返事に――直接書いたわけではありませんが――人間というものは、日本人が民族性として利己主義であるのではなくて、自分を護って生きるために、まず自己ということを万事につけて先に考えなければならないような社会の仕くみだから、どうしても利己主義になるので、日本民族そのものが、劣等な、利己心の強いものであるというわけではないということ、それは社会の事情によって変化をするということを返事をしたわけです。
私がソヴェトにいた期間、私は全然政治的な関係はもっておりませんでしたし、外交官でも、新聞記者でもありませんでした。ただ一人の小説を書く女として暮しておりましたから、パンもバターも特別な便利で買えるような条件はありませんでしたし、いろいろな食物にも本当に困りました。特権がありませんでした。普通のソヴェト市民よりもっと能力がない、労働組合にも属していないものですから。だから沢山の不便をして過ごしましたけれども、それでもなおソヴェトの生活が私の一生に大きな影響を与えたのは、いまその人がソヴェトへ捕虜になって行って暮してみて、何故日本人というものは利己心がこんなに強いのであろう、という疑問をもちはじめたのと同じモメントが、反対の側から与えられたからだと思うのです。
憲法や民法が改正されたについて、この頃はよく家族の問題が出ます。婦人にとっての家族問題――私、女でございますから大変直接なのですが――結婚の問題、親子の関係は、いろいろ複雑な問題を起します。例えば夏目漱石の小説ですが、その主人公は、インテリゲンチアですが、本当
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