すぐ煽りかえす。も少しで盆迄ひっくり返しそうに戻って来る。また蹴りなおす。――気になってそっちを見ていると、左隣のミス・ホルフォードが、伸子に話しかけた。
「ミス・サッサ、貴女棕櫚箒お好き?」
「棕櫚箒? 棕櫚箒がどうしたの」
 向うの角から、ミス・グレーが、ふき出したい顔をやっとしゃんとさせて、窘《たしな》めた。
「ドーラ!」
 ドーラは、両方から弓形にくっつきそうな黒い眉の片方を挙げ、よくってよ。という表情をした。
「ね、貴女お好き?」
 伸子は、大体、食卓の仲間を好いていなかった。見当のつかない顔をしていると、グレーがすけ太刀をしてくれた。
「――今夜、私どもは棕櫚箒を眺め通す光栄を得たんですよ」
 あっち、あっち、と眼顔をする。そちらを見、伸子は苦笑した。
「お莫迦《ばか》さん!」
 一番端れの客卓子に、まるで棕櫚箒のような髪をした若者が食事をしていたのだ。ドーラは、グレーをつかまえ、伸子にはきき分けられない書生言葉で、なお先刻の続きを何か云っている。そしては、こっそりふき出す。――豊子は、一切知らない風で、傍を通る給仕娘を呼びとめた。
「私にココアを下さいな」
 種々な感情が
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