漠とした不快、ミス・ハウドンの処へ行く者などあるまいという見越し。皆いやな顔で、言葉|寡《すくな》に客室を出たのであった。
 伸子は、気が鬱し、真直再び狭い室に運びあげられる気がしなかった。
「歩いて登らない? あなたのところまで――」
 豊子の部屋は四階にあった。
「ね、飯島さん、私やっぱり寄宿舎は嫌よ」
「――多勢人がいればどうしても自分だけ都合よくは行きませんよ」
「――でも――うるさいわ。――男の学生の寄宿舎でもこんなものなのかしら」
 石の段々を、登っては曲り、曲っては登って行くうちに、伸子は汗ばむ位体じゅうが暖くなって来た。それにつれ、不機嫌もどうやら解《ほぐ》れ始めた。考えて見れば、太った体に肉桂色の絹服をつけ、鼻眼鏡をかけたミス・ハウドン。その傍に、皇后旗でも捧げるように拡げられた焼こげ大シーツ。怒った仔猫のようにむっとして、半円形に坐った沢山の学生が一斉にそれを睨んでいる悲愴な光景を、壁が見物したらどんなにおかしかっただろう!
 ――いきなり、伸子はさも嬉しいことを発見したように、階子を駈けつけて豊子の肩に手をかけた。
「ね、あなたクランフォードを読んだ?」
 彼女は
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