盛に開閉する。すぐ隣の扉を誰かがノックした。
「フロラ、御飯は?」
 中では、着換え最中らしく、こもった声がきれぎれに答えた。
「あ、今。――私お客なのよ今夜――」
 伸子は、部屋に鍵をかけて、昇降機《エレヴェーター》のところへ行った。もう四五人待っていた。どうかして昇降機がさっきから上って来ないらしい。伸子が名を知らない金髪の娘が、癇癪を起し、
「どうしたのよ? 一体」
と頻りに柱の釦《ボタン》を押しつけた。
「私、気が遠くなっちゃうわ、おなかがぺこぺこで……」
「おおお、可愛そうに!」
 仲間の一人が、真面目な顰面をし、緑色のジャムパアの衣嚢《ポケット》から何か出してやった。
「さ、これでもしゃぶっておとなになさい、美味しいことよ」
 誰もがおなかをすかしているので、思わず本気で抓《つま》み出された物を見た。が、一時に足踏をして笑い出した。
「こりゃあ素敵! さ、おしゃぶりなさい。だけど少し塩がききすぎてるに違いないわね、どうも――ハッハッハッ」
 手あかだらけの丸い消ゴムをやったり、とったり、騒ぎのところへ、すーっと昇降機が来た。来たが、満員で、隅っこにやっとハンドルを動している若者が、赧い顔をして何か断りらしいことを網戸越しに云った。廊下と昇降機の中とで友達同志が手を振り合う。殆ど止らず昇降機は上った。
「ひどい! もうこうなりゃ覚悟するわ」
 金髪の娘が、大袈裟な身ぶりで、裏|階子《はしご》を一段おきに駈け登りはじめた。伸子は、朝この階子を歩いて食堂迄登った。そして、よく時間過て閉め出しをくわされ、寄宿舎の向い側の喫茶店で焼林檎をたべた。
 食卓で、二日ぶりに豊子に会った。伸子は、ミス・ハウドンの心づかいで、わざわざ豊子の隣に席を貰ったのであった。
「どう? きのうはすっかりかけ違ったわね」
「ああ、私下町へ実験があって行っていたから――新聞が来ましたよ。よかったら見にいらっしゃい」
「今夜はお暇?」
 豊子は、癖で下顎を押し出すように合点しながら、先輩らしく答えた。
「――まあいいわ」
 伸子のところから、台所と食堂を区切る四枚の扉が正面に見えた。二枚目の扉を、ぽんと爪先で蹴りあけては、大きな錫の盆にスープ皿を並べたのを持った給仕娘がこちらに出て来ようとしている。胸のところに、嵩ばった重いものが邪魔しているので、脚が思うようにのびず、たっぷり蹴開かない。
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