赤坊の世話は自分で出来ないで看護婦がした。その看護婦は離れた室にいることだし、商売になれすぎてもいて、夜なかにし少し赤坊が泣くぐらいのことでは、なかなか目をさまさない。それが母の心配になるので、お前は目ざといから、と私が赤子と看護婦のわきに臥かされた。弱くて到頭育ちかねたその赤子は一夜のうちに幾度か泣いて、泣くと容易にしずまりかねた。三度に一度は、むし暑い蚊帳の中で泣きしきる赤坊を抱いて歩いているうちに、やがて朝になってしまうこともある。
そういう夜なか、さては頭の痛い昼間、種々雑多な疑問が苦しく心にせめかけた。うちでも学校でも、大人の世界は奇妙で、そこにある眼はむこうからばかり都合のいいようにこちらに向けられているように感じられる。たとえば、どこの親でも何心なく云うように、母も何か訓戒めいた場合には、今日まで生んで育ててくれた親の恩ということについて云うのであったが、それは内心の問いかえしなしに娘にはきかれなかった。親たちとしてこちらに向う態度にかさなって、漠然としかし鋭く夫婦というものの理解しがたい営みが娘にはまざまざと迫っていて、そう云われるとき、焙《や》きつくような切なさで毎
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