し雨降りの日でしたが、矢張り同じ用事で其のペンシルバニア停車場へ行きますと、彼方ではホールと云う丁度東京駅の入った許りの広い処と同じような場所の片隅に、如何したのか大勢の人が立ち止まって何か聞いているではありませんか。米国人は非常に時間を大切にする国民です。歩くのにも散歩でない時は、ちゃんと行くべき処へさっさと行って、用事がすんだらさっさと帰って来ると云うような風なのです。其ですから此那忙しい停車場の真中に其丈沢山の人が塊まっている事等は滅多にありません。一寸おや珍らしいな、と思って覗いては見ても、其が何だか解って仕舞えば、もう何にも見なかったと同じように歩き出すのが彼等の癖です。其故、私は、思わず何事かしらんと怪しまずには居られませんでした。勿論、私は其方へ近づいて見ました。すると、大勢の人垣の中には、唯一人の少年がしきりに何か話しています。まだやっと十一か十二位の少年が、手に小さい帳面と鉛筆と、何か印刷したものとを持って、一生懸命に話しているのです。沢山の、思い思いの風をした大人は、皆相当に感心したらしい様子で、其の髪の金色な、赤い果物のような頬をした少年の言葉に耳を傾けているので
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