す。
 大人の、上手な、けれども嘘や好い加減を平気で混ぜた話よりも、少年の正直な、心からの言葉は如何那《どんな》に人を動すでしょう。
 少年は、その人前でもちっとも恥しがったりうじうじしないで、確《しっ》かりと、白耳義《ベルギー》の孤児を自分達が助けて上げなければならないと云う事を話しているのでした。
 勿論此は、其の少年一人の仕事ではないのです、日本のように欧州《ヨーロッパ》から遠く離れて、今度の恐ろしい大戦争の苦しみを余り受けなかった国では、左程ではありませんが、私の居りました時分の米国では、一先ず大戦乱が終った後の始末で、非常に沢山の事業が計画されて居りました。
 後から戦争に加って、仏蘭西《フランス》や白耳義《ベルギー》、ルーマニア等ほど大きな損害を受けなかった米国は、出来る丈の力を振って、気の毒な欧州の人々を助けようと仕たのです。
 今此処で大勢の人を集めている少年も、きっと紐育の市中の人々が集って寄附金を募集しては、米国の政府として白耳義《ベルギー》の孤児を救済する団体に属している者でしょう。
 皆が聞き洩さないように気をつけながら、少年の話を聞いています。
「皆さん、僕は、今まで生れてから、此那場所で、此那に大勢の方々に向って話した事はまだ一度もありませんでした。其だからきっと話し方は下手でしょう。僕のお母様もお前は余り上手ではありませんねと仰言いました。」
 斯う云いながら、少年も聞き手も、一寸の間嬉しそうに笑いました。
「けれども。皆さん、どうぞ聞いて下さい、僕は下手でも話さずには居られない事があります。其は、海の彼方の白耳義《ベルギー》の子供達、僕等の仲間の事です。家を焼かれてしまい、大切な、誰より大切な阿母さんや父様を殺され、仲の好い同胞達とは何処へ行ったか行方知れずに離れてしまった、気の毒な、僕達の仲間の事です。私共は、斯うやって丁度寒くも暑くもないものを着、おなかが一杯に成るお美味《い》しいものを食べさせて戴き、楽しい学校に通って勉強しています。其を若し彼の人達が見たら如何那心持がするでしょう、僕は知らん振りをしては居られません。此処にはいない、私共の仲間の代りに私共が皆さんにお願いします。どうか貴方が一杯余分な如何でもいい、珈琲《コーヒー》を召上る時には、一日中何も食べる物のない、泥水のたまった穴の中で暮している小さい子供の事を考えて、思
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