消えて仕舞ったと感じるのだ。今まで、自分の魂のよりどころとなっていた種々のことは、此場合、支えとなり切れない薄弱なものであったのか。真個に地震と火事で倒され焼き尽されるものなのだろうか。
数日経つうちに、私は、次第に違った心持になって来た。「死者をして死者を葬らしめよ」と云う心持である。焼けて滅びるものなら、思想と物質とにかかわらず、滅びよ。人間は、これ程の災厄を、愚な案山子《かがし》のように突立ったぎりでは通すまい。灰の中から、更に智慧を増し、経験によって鍛えられ、新たな生命を感じた活動が甦るのだ。人間のはかなさを痛感したことさえ無駄にはならない。非常に際し、命と心の力をむき出しに見た者は、仮令暫の間でも、嘘と下らない見栄は失った。分を知り、忍耐強くなり、自然の教えることに敏感になった私共は、大きな天の篩で、各自の心を篩われたようなものではないだろうか。私は、会う殆ど全部の人が、何か、身についた新しい知識と謙遜な自分への警言を、今度の災害から受けているのを知った。この力は大きい。
今度のことを、廃頽しかけた日本の文化に天が与えた痛棒であると云う風に説明する老人等の言葉は、そのまま
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