ーリキイが困難な生活の間からこの人生に対してさまざまな深い印象をうけ、どうしてもそれを語りたい心持ちをおさえられなく小説をかき始めたのは、かれの二十三の歳であった。以来三十有余年の間にゴーリキイの作品は世界の人々に読まれ、また次から次へと新しく成長して文化の担い手となってくる若い人々にこの社会の発展の可能性を信ずる心と、屈辱とたたかってゆく勇気とを与えているのであった。
 ゴーリキイがイタリーからモスクワへついた時、あまりのまごころからの歓迎に感動して、暫くは挨拶の言葉も出ず、殆んど涙をおとすほどであったということは誰知らぬものもない。
 モスクワはもちろん南ロシアの方までも巡遊した後、ゴーリキイはレーニングラードへやってきた。かれが宿ったヨーロッパ・ホテルにちょうど私も泊りあわせた。だいたい私は名士訪問ということはきらいであるが、このゴーリキイにだけは会ってみたかった。
 そこで小さい紙片に下手なロシア語で、一人の日本婦人作家があなたに面会したいと思うが時間はあるだろうか、若し会ってくれるのなら都合のよい時間を教えてくれとかいてやった。ゴーリキイは簡単に明日九時頃に待っていると答えて
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