を感じた。今日当時の雑誌を繰り拡げてみると、何と到るところで「母親の再教育」ということが言われているだろう。娘や息子は、積極的にあらゆる戦時動員に応じようとするのに、家庭の母親がいつもそれを抑えるような気持を持っていることについて、陸軍や海軍の軍人、教育家、職業紹介所の役人達は口を揃えて、日本の母親は自覚しなければならない、子供を軍需生産へぶち込むことを躊躇してはならない、ということを、もっと違ったもっと英雄主義的な言葉で繰返し繰返し述べている。その消極的だと言われる母親が、現実にはどういう生活をしていただろう。働いて来る子供に、せめて体の足しになる食物を食べさせようと、自分で買出しの苦労もしていたし、防空演習も無理にやっていた。婦人会の動員に応じて、大して効果もないような眼の先の働きにも追使われていた。出来るだけどっさり買わせられる債券の消化に心を砕いていたのであった。こうして見れば若い婦人――生産面へ直接吸収された婦人達がさまざまの想いをしながら生きていた間に、年とった家の女性たちもやはり涙を抑え、歎息を笑顔にかえて生きぬいていたのであった。
婦人の結婚難が、めきめき増大して来た
前へ
次へ
全111ページ中60ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング