なった。そして、遊んでいてもいけないし、さりとてどう社会的に動くかも明瞭でない、中途半端な和服の日本女性の絵姿は、少し上ずったような黒い二つの眼を見開いて、立っている表紙が見られるようになった。
既成の婦人団体は「戦う日本の女性」の精神の方向を決定し、軍事目的に添わせようとして、あらゆる機会と場面に好戦的な調子で、日本女性の勇敢さや忍耐強さなどを強調した。そして、毎日毎日、凄まじい勢いであらゆる家庭の屋根の下から引き離されて行く夫、兄、父、弟達に対する婦人たちの苦しい愛惜の情を押えつけることに熱中し始めた。
真珠湾の不意打攻撃は皮相的に勝利のように見えたが、戦闘が日一日と進むにつれて、現実は日本の近代国家としての弱体を現わし始めた。戦争遂行者たちの軍需生産に対する焦慮は極端に昂まった。昭和十四年までは労務動員計画と呼ばれていた労働力に対する統制が、十七年からは、国民動員計画と範囲を拡めた。徴用がどしどし行われるようになって、男子の就業禁止の職域範囲が拡がった。企業整備によって自分の店や勤め先を失った男達は、みんな徴用されるということになった。昭和十九年からは学徒動員が行われ、この年
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