当時の世界の経済恐慌は未曾有の失業者を地球上に溢れさせたといわれている。総数は四千五百万の失業者があった。米国は百三十万、ドイツ六百万、イギリス四百万、日本四十七万であった。日本の四十七万という数字は前古未曾有のものであるとして非常に驚かれたのであったが、昨今のいわゆる実数というものは四百三十万になっている。十倍の失業者数である。
「女子労務者の大部分は家庭に復帰するのである」と言い切っているということは、何という厚顔な責任回避であろう。おのずから、殖える人数が楽しく生きて行けるだけの衣料と食物と燃料とが湧き出して来る家庭というような、魔法の小屋は、今日、日本のどこにもあり得ない。魔法の小屋でない「家庭」へ表口から帰された女子失業群が、溢れ出した裏口は、真直、街頭につづいているのである。
 新聞には強盗、追剥、怖しい記事が日毎に報告されなければならなくなって来た。復員軍人がそれらの犯罪を犯すということについて輿論が高くなって、宮内次官は「世間の眼が復員軍人に対して冷た過ぎる」と、さながら人民に現在の社会悪の責任があるかのような口振りである。けれども、静かに思いめぐらした時、これらの復員軍人が秩序を紊《みだ》す行動をする、その奥の奥の原因は果して何処にあるだろうか。この間、元特攻隊員が中心となって集団的な強盗をし、検挙された記事があった。そのとき、不幸な元特攻隊員が「俺達に義理も人情もあるもんか」と、押入った先で啖呵を切ったことが書いてあった。この言葉は短い。けれども、一個の人間として深い絶望のこころを示している。
 前線から帰った人から、最後まで残ったのは兵士であって、指揮官は飛行機で疾《と》うの昔に引揚げてしまっていたという話を、戦争が終ってからは屡々聞くようになった。そういうことは、この間までみんな秘密にされて来た。「戦陣訓」を書いた人物は、細君を離婚してまで、総理大臣として戦争犯罪者として掻き集めた財産を護ろうとした。軍人勅諭を日毎夜毎暗誦させて、それが出来ないとビンタを食わしていた将校たちは、遠い島々で、戦局が絶望になるとさまざまの口実をこしらえて飛行機で本国に逃げ帰った。そして戦功によって立身をした。「聖戦」といわれた戦争の本質は終って見れば虚偽の侵略戦争であった。銃後の生活は護られていて、家庭から離れる不安と苦痛とを耐えていた人々は、帰って来て、焼け
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