取除かれた。外国の市民の生活と日本の人民の生活とを比較するような機会は、戦争の必要としないことであったから、輸送とか、為替関係とかの名目によって、出版物の国際的な交換は禁止された。こういう状態の下に置かれた私どもが、どうして自分達がおかれた事情の法外さ、自分達の騙されている偽瞞と、最悪の社会条件を、客観的に理解して行くことが出来たろう。辛らければ辛い程、一日も早く戦争が終ることを希望した。若し戦争が勝たなければ終らないといわれるならば、早く勝って、早く終って欲しいと思う。勝つ迄は、と言われて、正直な日本の女性は自分の命までも犠牲に捧げたのであった。空襲によって、職場の傷害によって命を落した学徒や勤労婦人の数は決して少くない。不熟練でしかも熱心に長時間機械の前に立った時、職場の災害は非常に増大するのが当然である。しかし青少年工、女子労働者のために特別な危険防止の施設というものは考えられなかった。その暇がなかった。しかし暇のないことよりも最大の原因は、日本の政府が人民の命をどんなに消耗品の一つとしてしか見ていなかったかということにある。『主婦之友』の或る号を見るとはっきりと書かれている。「新兵器としての女子」と。
第二次世界戦争で世界は数々の惨禍を経験した。けれども、その惨禍の中から、なお世界が驚いて日本の戦法を眺めたのは特攻隊に対してであった。僅か十六七の少年を英雄的な情熱に駆り立てて、いわゆる必殺の戦闘をさせた惨虐さは世界を驚かした。そういう非人間的な犠牲に堪えている日本の母の心持というものが、世界を驚かした。けれども、それは日本の母に涙がないのではなかった。その涙を社会の前に流して、その理非を愬えるだけの母としての当然の自由が日本にはなかった。日本の婦人が封建的な習慣をもっていて、自分の感情を披瀝することを憚ったり、道理を公然と主張することを遠慮したりする習慣も、戦時中女性の愛情からの声を抑える結果になって、それは戦争を遂行するためには実に有効に利用されたのであった。私達は日本の社会のそれほどに根深い封建性と、それに慣らされた、自分達女性が、愛を守る智慧さえもなく、女の命と言われる愛情への権利さえも放擲して来たことについて、涙をこぼすというよりももっと無念さを感じるのである。
婦人の感情は、現実が苦しければ苦しい程、現実から離れて、前線にいる兵士達、或は若き空
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