ひろく深くて歩き難く、冬日のなかに何処となし馬糞のにおいが漂った。重い蹄鉄をうった荷馬が車輪をその石敷道の上ではね上らせながら通って行くと、元気よく石をうつ蹄の音や車輪の音が灰色っぽい左右の建物に反響して、再び下を歩いている朝子のところまでかえって来る。何かの塀で行き止りになった小路の左側に石油販売所があって、もうそこの歩道には二十人ばかりの列が出来ている。朝子はその列の尻尾についた。油じみた販売所の鉄扉は開いていて、鞣前垂《かわまえだれ》の男の姿がチラついているが、まだ売り出してはいない。日本の雀よりすこし羽色が黒っぽいようなこの都会名物の雀たちが、日向にころがされてあるドラム罐の上から、チュと囀って飛び立ったりまた戻って来たりして遊んでいる。その有様を眺めて、朝子は列の動き出すのを待った。素子と二人分の切符で瓶が二本買えた。
それからパン屋へ行って、ここでも列について一日分のパンを買った。朝子は夜のお茶にたべるものがなかったことを思い出して、街角三つばかり先の食糧店の半地下室へ下りて行った。
入口近くにいくつも並んだ胡瓜漬の大樽、鮮やかな朱だの水色だの不思議な色をした塩漬キノコ
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